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妾(わたし)の感想日記

徹頭徹尾女(自分)目線の感想文

食欲は世界を開く:『ダンジョン飯』1巻

今すっごくやりたくない仕事をするためのソフトウェアを起動しないといけないのですが、無意識の作用でデスクトップにあるはずのアイコンが見えません。

そういうときはその次にやりたくない仕事を逃避的に片づけるのが定石ですが、それはそれで不健康なので、今回は代わりにkoboデスクトップアプリのアイコンをクリックして『ダンジョン飯』1巻を読み返すことにしました。

 こ のマンガ、「ああこんなに面白いのに20世紀のRPG嗜んでる人にしか通じない、勿体ない」とか思っていたら、某多摩の駅中本屋で多面陳列されていた。こ ういう舞台設定のRPGって今の若い子にも理解可能なんだろうか。現実がリアルダンジョン過ぎて10年くらいRPG触れてないので、様子がまったくわかり ません。

でもこのマンガをこれから読む人で、この手のRPGやったことない人(年配者とかリア充出身女子)は、昔のドラクエでいいから事前 にやっておくといいよなあ。でもそういう人はそもそもこのマンガ読む気をおこさないのか。いや2010年代に生きる者としてそれはもったいなさすぎる。両方やれば2倍おいしいということで是非。

 

もうさんざん各所で語られているように、本書は剣と魔法とダンジョンのRPG的世界を舞台に繰り広げられる、料理(グルメ)マンガ(のパロディ)です。

料理されるのはダンジョンの魔物です。スライムは干物にして鍋の具に、バジリスクローストチキンに、マンドレイクはオムレツの具にされます。分量や栄養価、手順が親切に紹介され、調理の手つきもわかりやすく描写されています。明日にでもご家庭で作れそう。材料さえあれば。

 

このアイデアだけでも一本取れそうなところですが、このマンガはそれにとどまりません。主人公の剣士・ライオスは研究熱(魔物生態研究)が昂じたマッドサイ エンティスト系変態、ドワーフ・センシは求道心(魔物料理)が昂じた職人系変態。いろいろ切羽詰まった事情があって、協力してダンジョンに潜り込むことになるのですが、1人でもどうかと思う変態キャラ2人の個性が絡み合い、常人の理解の範疇をはるかに超えて魔物料理の新たな地平を切り開いていく、爽快なアドベンチャーというかプロジェクトX的というか、そういう面さえあるのです。

 

作者のマンガは他に下のを読んだことがありますが、人と社会のすれ違いを敏感に感じ取る瑞々しい感性があふれていました。反面「社会に必要なもの、不要なものとは」というテーマの周りをぐるぐるしすぎており、読んでて疲れてしまうところもあり。

竜の学校は山の上

竜の学校は山の上

 

しかし今作は、著者が自分の実力をいかんなく発揮し、いきいきと楽しんで書いてるように感じられます。やっぱ人間楽しく仕事しないとねえ。

 

そしてこのマンガの最大の魅力にして物語を支える屋台骨、それは緻密に考え抜かれた疑似生物・生態学描写です。ハンティングアドベンチャーも魔物料理描写も、これなくしては成り立ちません。

(ちなみに、疑似生物・生態学とここで呼んでいるのは、下のようなやつです)

鼻行類―新しく発見された哺乳類の構造と生活 (平凡社ライブラリー)

鼻行類―新しく発見された哺乳類の構造と生活 (平凡社ライブラリー)

 

 なぜスライムは外側がべちゃべちゃなのか?バジリスクに蹴られないためにはどうしたらいいか?

RPG世界のおなじみのモンスターたちが「なぜああなっているのか」を、こちらの世界の生物生態学知識にうまくリンクさせて説明してくれます。その説得力たるや、ストーリー抜きでこれだけ展開していっても楽しめるくらい(単行本のおまけマンガでやっているように)。

 

そしてもっとも感心させられるのは、マンガ全体に貫かれている、食・食欲と人、世界についてのある種の哲学です。

食うことは、人を世界と、他なる生物とつなぐということです。

「食べることは命をつなぐこと」とか「自然とのつながりを感じること」とか、そういうお題目を言いたいのではありません。

「こいつは生き物だ!(注略)だったらいくらでも倒し方がある。そして食える」

こういうことです。

「食べたい」という欲望は、人間を未知の世界・未知の対象へと突き動かす、絶大な力になるということです。

食いたいから倒そうとする、倒すために知ろうとす る、どうせ食うならおいしくしようとする、おいしくするためにはもっと生態を知って改良する、他の材料が必要ならそれを求めて未知の海へも漕ぎ出す…… 等々。

主人公ライオスは、魔物を倒しているうちに魔物愛が芽生え、ついでに味も知りたくなってしまった。上の「食べたいから知る」が本能から生じる知識欲なら、彼の知識欲から来る食欲というのは、倒錯的と言えないこともない。

しかし、それこそ人間の人間たるところ。人間の本能は好奇心に追い越される。さかなクンでいえば、魚を愛する→味を知りたい→「おいしくいただいちゃいましたっ!」というやつ。

食と人間の欲望に関する、愛情ある深い考察。全編にそれが充満していて、読んでて嬉しくなってくるのです。

 

一巻だけでも読み込むところがあり過ぎる凄いマンガ。このクオリティをそのままに、ゆっくり大事に進めてほしいです。作者はもちろん、編集さんも頑張ってほしい。楽しみにしてます。