妾(わたし)の感想日記

徹頭徹尾女(自分)目線の感想文

北海道、近代と人:『親なるもの 断崖』

家族行事も一段落した連休終盤、夏休みまでのスケジュールを手帳に整理したら鬱で眠れなくなりました。やめればよかった。

自分は生命力にだいぶ欠けた人間なので、現代日本に生まなかったら、まず30までに死んでます。家やら村落の共同体になじめず、かといってそれを振り切る気力もなく、何とかまっとうな人間の皮をかぶろうとして体力をすり減らした挙句、病気に罹るか出産に耐え切れなくなるかして、相当嫌な死に方をするだろうことが容易に想像できます。

連休中、広告に惹かれて下のマンガを読むことで、その思いを新たにしました。この世界に生まれてたらもう死んでる絶対死んでる。

親なるもの断崖 1 (エメラルドコミックス)

親なるもの断崖 1 (エメラルドコミックス)

 

 電子版→http://sps.k-manga.jp/link.php?d=dl&m=dl000&b=pv&book_id=86007

舞台は20世紀初頭の北海道・室蘭、製鉄のために作られた街。

近代という時代が人の生き血をくらって走り続けてきたことを描くのに、北海道ほど適した舞台はないでしょう。技術や生産力は加速度的に上がる、でも人の命は現在と比べて圧倒的に安い。故郷から切り離されて売られてきた労働者(タコを含む)や、その相手をするた娼妓たちのような、二束三文で使える命を大量に使い倒してこそ、50年かそこらで日本は「近代国家」らしきものになることができた。

その身そのものが近代化の燃料になった人について、われわれは現在、ほとんど何も知ることができません。下のような執念の調査によって、まれにその存在が浮かび上がることがあるくらいで。

北辺に斃れたタコ労働者

最近流行の「産業革命遺産」にも、なかなかこういう人々の姿は反映できません。歴史を明るく描き出したい現代人の意向のせいもあるでしょうが、それ以上に、彼らについては記録が残らないのです。誰にも見とられずに異郷に果てる人々が、何かを語っていたとしても、聞く人も残す人もいない。

前置きが長くなりましたが、『親なるもの 断崖』の作者は、彼女の故郷室蘭を作り上げてその地下に眠る、名もないたくさんの人々を、渾身の力で蘇らせようとしたのだと思いました。

第一部の主人公は、東北の寒村から売られてきた4人の娘たち。不況の農村では、娘は間引かれるか売られるか。十代始めで親から離れ、遊郭に送り込まれる。そこでは労働者たちから体でカネを巻き上げる道具としてのみ生かされる。

少女たちは何とか生き延びようとしますが、病気と暴力とストレスにさいなまれ、生き残るのはそのうちふたりだけ。彼女たちは何度も絶望を叫ぶ。実りのない愛にすがりつく。揚句にやはり、生きのびようとする。作中の彼女らの台詞は、声を残さずに消えていった人たちがたしかに発していただろうと確信できるような、生々しさにあふれています。

フィクションでしか表し得ない「リアリティ」があるとしたら、このマンガは十二分にそれを実現しています。声が記録が残らないなら、物語として生み出すしかない。筆者がこのたいへん難しい仕事を為し得たのは、故郷への深い愛情ゆえでしょう。

物語は、少女たちの一人が生き延びて残した娘が戦争を乗り越え、平和な世の中でそれを受け継ぐ子どもたちを育てていくところで終わる。斃れた人の思いが、世代を超えて受け継がれていく。作者はその中にいる自分を感じ、また自分のあとにも受け継がれていくよう願っているのだろうと思います。

たとえ私がその中にいたら瞬殺されるであろう厳しい大地であろうとも、このような先人との強い絆の物語を持つ北海道の人々は、うらやましいなとも思います。

 

…以上が真面目な書評なのですが、その他中年女子の感想として。

中途半端に優しくして、結局弱い立場の女を窮地に追い込む聡一さんは最悪ですね。しかも最初抱かなかった理由とかもチキン過ぎてだいぶイラッとします。やだわーこういう坊ちゃん。戦前左翼青年像としてこれもリアルではあるのですが。

そして直吉…お梅の初めての男だからってこれほどいい男にしてしまうと、ちょっと都合よすぎにみえる。ここはもったいない。でもそうでなくては無惨で読み進められない読者もいるかもなあ。

その他の男性描写の八割は、遊郭でゲヘゲヘ言ってるところで、読んでしばらく旦那の見方がネガティブになるという副作用が生じ得るので注意。男性読者にもリアリティ的にやや辛いものがあるだろうなあ。基本的に女子向けのマンガですね。